フィリピン医学部留学までの事件1

①まあ、予備コースに入学して、早まったという状況に陥った。その後の話ね。

まあ、某セブにある某ブログをしていたMという人物に接触するあたりからだね。
まあフィリピン留学は再受験する準備段階から知っていたのだが、父親の反対で、とりあえず編入と再受験の勉強から始めたのだ。いろいろあって、海外医学部留学になり、スロバキアの医学部留学を辞めて、フィリピン医学部留学することに決めて、Mという人に連絡を取ったのだ。

この人は、当時フィリピン医学部に留学する日本人達が多く接触した人だ。
まあ結局、彼の人格に問題があるのもあって、いろんな、いや全てのフィリピン医学部留学者たちが彼の元を去ったのだ。まあそれはのちの話ね。
仲の良いフィリピン関係者で、彼とFacebookで友達の人が教えてくれたのだが、彼のFacebookから、いろんな日本人医学生が既に友達リストから消えていたらしい。さもあらん、て感じだ。

まあ、それはいい。
最初に会った時から、洗脳的な、言うことをきかそうという態度の人物であった。なんか軍隊ごっこしてたよね。
こういうことをする時点で、異常人物だということがわかるだろう。軍隊ごっこが好きなようだった。まあ彼の体格では、絶対に軍人にはなれないだろう。軍隊マニアてこんな感じなんだろうか?

彼の元には、洗脳済みなのであろう、D大学入学前から、Mに弟子入りして、フィリピン医学部入学前から、アメリカへ留学したりして、基礎医学の勉強をしたりと、D大学在学中にフィリピン医学部に入学するために、準備してきていた人物であった。まあ、彼の経歴はブログや第三者から後で聞くことになったのであるが、彼らはこの時点で、もう一人の外資系エリート社員(早稲田理工卒東大大学院卒一流企業勤務数社)と俺を騙していたのだ。
NMATとフィリピン留学の準備に何年もかけている青年と他二人の成績が、同じようなことになるわけがない。
結果、D大学の青年は80%以上で、他二人は30%前後であった。まあ準備不足だよな。

まあ、結局、外資系エリートの彼は、諸事情でというか、本気ではなかったようで、超有名企業D社に転職したのでした。まあ、私は、次のNMATで良いスコアを取得したので、良かったですけどね。

まあ、話が脱線したな。
NMAT受験の時に、セブにいるMとKという女性に会うことになる。

それでは、次回に続く

まあ、道徳的にどうなの?この人達事件へ。

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フィリピンのメトロマニラでで医学生をしています。 フィリピンで経験したことや、医学、趣味、旅行、ビジネスなどについてブログに書いていきたいと思います。