AHGS NEXT及びAHGSEnglish Academyでの思い出

社会のレールを外れてから、あまりいい人たちには巡り合わないのである。

特に、フィリピンに来るようなタイプの日本人たちは、負け組が多いのである。
なので、必然的に、フィリピンには、愚かで、悪い日本人比率は高いのである。

6年ぐらい前のAHGSであった酷い経験

12月に某海外医学部予備コースに合格した私は、英語の勉強のためにフィリピンのセブにあるゼロ円留学というビジネスを展開している学校に一月に入学しました。その一月から語学学校の営業が始まりました。

これが失敗の始まりでした。

一人目の学生はバックパッカーのサッカーオタク

私はAHGSの二人目の学生でした。

社長とマネージャーと数人のコールセンター従業員で最初、1月の序盤は仕事をしていました。

1月途中になり、徐々に0円留学の学生が入学してきました。

最初は学生が少ないなか、コールセンターの仕事をしていたので、非常に大変でした。

語学学校の先生とは、学生がほとんどいない中、マンツーマンで勉強していました。

その後、徐々に大学生やフリーターが増えてきました。

そんな中、学校で一番可愛い先生とずっとレッスンしていたのですが、その女性講師が僕に気があるのかのような態度をとるようになり、僕も彼女を好きになっていきました。

しかし、その当時いた他の幾人かの学生達も彼女のことが好きだったようです。

告白しようと思っていましたが、しかし、2月のバレンタインデー直前に、彼女に夫がいることが発覚しました。

その時には、既に恋の病に侵されていた私はとりあえず、好きだという告白だけしたかったのですが、なかなかできず、恋の病が重症化していきました。なぜなら、彼女には一年のほとんどを船上で暮らす船乗りの夫がいたのでした。

周りには、いろいろな意見がありました、「告白するな」「がんばれ」、軽蔑的な言動、妬みなど、たくさんありました。

その時の私の気持ちはとりあえず、「終わらしたい」でした。中途半端が嫌でした。

そして、そんな中、食中毒になり、僕は体調を崩して、訪問医の誤診や適当な診察で、1週間以上苦しみました。そして、やっと病院に行き、検査などし、ちゃんとした薬を処方され、回復に向かいました。(AHGSはコールセンターから人間がいなくなることを嫌がり、病院に行かせなかったのです。私だけではありませんでした。)

ブラック企業

その後に、途中からやってきた学生たちの妬みから来るイジメが始まりました。

医学部に進学予定で、しかも、学校一綺麗な英語講師(今思えば、そんなに綺麗な女性ではない)と恋愛事件を抱えていて、そして、途中から、0円留学を辞めて、英語学校に専念したのが虐めの始まりの発端だったと思います。
そして、何よりも東欧医学部の留学費用を語学学校の講師に教えて、それが学校に広まってしまったのが原因でした。
東欧医学部の学費は日本の私立医学部に比べて安いですが、フィリピン留学するような、しかも0円留学するような学生達には非常に高い費用だったのです。
そして、それをフィリピン人英語講師が言いまわったせいで、虐めが始まりました。

金を節約したいから、コールセンターで働いているのは、その学生達なんですけどね。私は学費を納めました。

そもそも私の目的は海外の医学部に留学するための英語留学であって、他の遊びに来た学生たちとは目的は違ったのです。なぜ、それで妬まれて、いじめられないといけないのでしょうか?

やはり妬みは怖い。

半グレのような学生に教室内で「殴ってもいいか」と威嚇されたり、暴言を吐かれました。「金くださいよ。」とか。もはや恐喝。

私はホテルの個室に途中から移動したのですが、集団で来た彼らは私の体に落書きしに来たり、どんどん卒業近くになると虐めが悪化してきました。

みんなで食事をする際も、強制的に辛い物を食べさせられたり、レストランで服を脱がされたり、最後までいじめられましたね。それをAHGSの社長は見ていても止めないで、笑ってましたね。

彼らは不法侵入してきたのも、カギを占めていないのが悪いだとか、馬鹿な主張をして、強硬に部屋に入ってこようとしたり、最低でしたね。

「味方ですよ。」という感じで近づいてきた学生は、私が寝ている間に、私のLineで悪戯をして、メッセージを他の人たちに送ったり、私のプロフィール写真をアダルトな写真に変えたりしていました。

妬むだけで、何の努力もしないクズばかりでした。私は既にその時、30歳近くでした。
私より妬むべき対象は他にもたくさんあったでしょう。

これがAHGSに来るような学生たちの質です

道徳の欠片もない、クズ人間が多い学校でした

あまりにも程度が低い人間が集まる学校、それがAHGS English Academy でした。

私のLineに悪戯をした学生がいましたが、私のことが途中から気に入らなくてたまらなかったようです。
彼はまだ大学生で、19歳あたりの年齢でしたが、ただ妬むだけの無能でしたね。大学受験の勉強をまともにしないで、偏差値40代の学校に通っているのは、彼の問題で、私の問題ではないです。

私は学校と相談の上、彼を強制退学にしました。

しかし、彼の謝罪には全く誠意を感じませんでした。彼は内心、私への憎しみと妬みのようなものを抱えていたのです。

何もしなくても妬まれ、憎まれる。この経験が同じような人たちと一緒にいるほうが安全だという根拠になりました。

AHGSの対応も酷いものでした。隠蔽。彼らは嫌なものには蓋をしました。

他にも退学にしたかった学生たちはいましたが、留学終了時期が来てしまい不可能でした。

最悪な学校の思い出になりました。

ちなみに、その女性講師に告白しようとして、一か月かかりましたが、無事に告白して、振られたので、無事に私の恋は終わりを迎えました。

しかし、帰国後。。。。それはまた別の話し。

その女性講師は最悪な女でしたね
彼女は他の先生たちにも注意されていました。小悪魔ではなく、今思い出せば、サイコパスに近い悪魔でした。これ以来、フィリピン人女性と本気で恋愛しようと思わなくなりました。結果往来ですかね。

私は、その女性講師と付き合いたいという気持ちはありませんでした。ただ、コールセンターや食中毒、虐め、恋の病などで、私の精神状態が悪く、この酷い状況から抜け出したかっただけなのでした。

セブの伝統ある、シマラ教会に一人で、祈りを捧げにいったレベルでした。

この地獄から解放してください、とね。

一年後、東欧医学部に進学するのをやめて、AHGSを訪問しましたが、一部の従業員達の反応が悪く、彼らは私を早く会社から出そうとしました。

その彼らは、それらの事件を隠蔽して、私をイジメた学生達にちゃんとした罰を与えていなかったのです。
私はそれを他の従業員から聞かされ、このAHGSという会社に完全に失望したとともに、怒りで、AHGSの社長にメッセージをラインで送りましたが、既読無視されました。

これがAHGSです。
人間不信ですよ。

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フィリピンのメトロマニラでで医学生をしています。 フィリピンで経験したことや、医学、趣味、旅行、ビジネスなどについてブログに書いていきたいと思います。